気孔を閉ざさない飽差管理の考え方と気を付けるべきポイント
2024/04/24
農業用コントローラ
適切な飽差値とは
一般的な適正飽差値は3~7g/㎡で、この範囲を超えると気孔が閉鎖傾向になり光合成速度(稼ぎ)も減少するといわれています。アメリカの古いデータですが、[図1]は湿度(右下数値%)が低下すると全体的に「気孔開度が小さくなる(気孔が閉じ気味になる)」という説明図です。机上論ではそうなります。
▲[図1]環境要因と孔辺細胞の動き <引用:University of Georgia botany(1947)>
単純にこの数値を鵜呑みにすると、晴天の日中飽差はこれを超過することが多いため心配になってミストを導入するという例があります。
秋・春期でも多発しますが、とくに夏期(高温期作型)の生育環境は日中の空間飽差は20g/㎡を超えることがあります。
もしこの状況が「飽差が高すぎて気孔が閉じる」という理屈であれば、そもそも光合成はできずに作物の生育は成り立ちません。しかし現実は気孔が十分に開いて光合成しているからこそ作物が生育できています。中には合理的な管理を行うことで、雨よけハウスでのトマト収量が産地平均の1.5倍を超える方々も実在します。(後述します)
▲[図2]空間湿度が乾燥に向かえば気孔は開く傾向がある。<引用:茨城県農業総合センター「トマトの葉の気孔拡散伝導度および蒸散速度に対する環境要因の影響」(2010)>
▲[図3] 空間湿度が乾燥に向かえば気孔は開く傾向があることを示す[図2]と同意のグラフ(気孔コンダクタンス)<引用:高知県農業技術センター 橋田祐二「パプリカ・トマトの光合成・蒸散特性」(2017)>
[図2]、[図3]は共に“土壌水分供給が適切に行われる場合”は、空間の湿度(間接的に飽差)が乾燥に動くことで逆に“気孔は開く”としています。
これまで信じられていた[図1]の理屈とは正反対の意味になります。
しかしこれらには理由があります。
[図1]は葉の周りの空間が乾燥すると蒸散が過剰となり体内水分が減少するため、気孔を閉じることで蒸散を減らし、干上がるのを防ぐ真っ当な自己防衛反応です。
一方で[図2]、[図3]は“適宜土壌水分が補給され根の吸水が継続できる”状態であれば気孔は逆に開くことを示しています。さらに気孔開度が大きくなるほど炭酸ガスの取り込み量も増加し、光合成速度(稼ぎの量)も増加します。
[図4]は、気孔コンダクタンスと光合成速度の関係(左図)、蒸散速度と気孔コンダクタンスの関係(中央図)、蒸散速度と葉温-気温差の関係(右図)を示しています。“光合成が活発なほど気孔が開く→気孔が開けば蒸散が活発になる→蒸散が活発になるほど葉温は低い”ということです。
(※気孔コンダクタンス:炭酸ガスなどが気孔を通る際の通りやすさ)
▲[図4]気孔が開くほど光合成は増加する、蒸散も増加する、葉温が下がる<引用:高知県農業技術センターニュース 第83号「パプリカの光合成・蒸散特性」>
気孔が閉じないようにするために気を付けるべきポイント
気孔が閉じないようにするためには、次のことが大切です。
①丁寧なすき間換気で飽差の「緩やか」な上昇
朝方の空間が湿った状態(低飽差)から日中の乾燥した状態(高飽差)に変化する速度を緩やかにし、蒸散量の増加に根の吸水が追いつくようにしましょう。
朝一に、すき間換気(3~5cm程度の予備換気、すかし換気)を行い、徐々に水蒸気を屋外に逃がすことで、その後の通常換気による急激な飽差変動を抑えることが大切です。筆者が現場で実践した際は、1時間に3g/㎡以内(目安)の飽差変動であれば気孔が閉じないことが多かった印象があります。(試験場ほどの正確な観測ではありません。)
②日射と飽差の程度によるこまめな潅水
日射と飽差が高く、蒸散量が多い時期は1度目の潅水を多めにして土壌中を十分に湿らせ、2回目以降は減った分こまめに補う日射比例潅水を実施します。
過不足ない潅水で水や無機養分の吸収を途切れないようにすることで気孔は閉じる必要がなくなります。
日射と飽差値の関係
[図5]は過酷な高温・強日射の中(8月夏秋トマト)で日射比例潅水を実施した際のデータです。屋外気温30℃以上、日射量(縦軸)が1,000W前後の環境の中で、ハウス内の群落の中は蒸散が継続され、飽差5g/㎡未満が長時間確保されています。([図5]の点線囲み部分)
通路や天井付近は高温傾向にあるなか、群落内の温度も外気温より4℃程度低く、葉温も外気温より6℃低い結果になりました。※屋外の飽差は20を超えています。
[図5] 夏秋トマト、日射比例潅水実施時の群落内飽差と屋外日射<筆者作成>
このように、緩やかな環境変化、根の吸水継続ができていれば気孔が開き、炭酸ガスも取り込みやすくなることが分かりました。蒸散が増加するということは気孔も大きく開いたという意味です。せっかく気孔が開いているのであれば“換気しながらでも高濃度の炭酸ガス”が確保できれば光合成は増加します。
日射が強い→潅水施肥増加→気孔が開く→高濃度炭酸ガス→転流温度確保、これらをセットで高レベルに持っていくことで高品質・収量増加が期待できます。このために必要なのは、飽差、日射比例によるこまめな潅水、換気をしながらでも400ppm以上が狙える炭酸ガスの「局所施用」です。
緩やかな環境変化とこまめな潅水で概ね多作が可能ですが、ドライミストを設置する場合の目的は以下の通りです。
・緩やかな換気が困難で湿度変化が大きく、蒸散過剰を抑えるための最終手段。
・異常高温を抑える補助的な手段。(水量と換気次第です)
・冬季の異常乾燥時にミストで比熱を上げて暖房コストを抑える手段。
上記を理由としてドライミストを使用する場合は有効です。
ニッポーの潅水ナビは積算日射量と空間乾燥程度の双方をみて潅水制御を行うことができるため、単純な日射比例潅水制御と比較するとより適切な潅水が可能になります。詳しく聞いてみたい方はぜひお問い合わせください。
【執筆】
アグリアドバイザー 深田正博
熊本県野菜専門技術員・普及指導員の経験があり、現在は株式会社ニッポーのアグリアドバイザーとして現場目線の栽培指導やセミナーの講演を行う。