日射量が増える春季に向けて行うべき環境制御
2024/03/01
農業用コントローラ
春に向けて日射量が増え、冬の寡日照期の管理から様々な設定、管理を変更していくべき時期となりました。季節の大きな変わり目ですので管理も大きく変わります。基本は日射量に合わせて温度、CO₂濃度、潅水、施肥量などの管理を変えていくことが重要ですが、外気の乾燥も視野に入れます。
まずは植物の「気孔が開いている」ことが大前提です。気孔の開閉には学問的に様々な要因が挙げられていますが、その中でも今回は気孔の開閉に大きな影響を与える「潅水、換気」についてお話しします。
春の乾燥とは
▲[図1]屋外湿度・飽差(日中)の推移
2月から4月は屋外の空気が1年のうちで最も乾燥する時期となります。乾いた空気を持った移動性高気圧と晴天が重なることで、乾燥が強くなります。[図1]
例えば換気により2月の気温10℃・湿度30%の外気を、25℃のハウスに導入した場合、湿度13%の超乾燥空気に変身します。外が寒いからといってハウスを密閉したまま太陽が昇り、急速に気温が上昇すると作物は冷たいままなので結露してしまいます。さらにその温度上昇を抑えるために大きく換気をすると前述の超乾燥空気が流入し、ハウス内の作物は急激な乾燥ストレスを受けて気孔が閉じます。この“急激な環境変化”が問題なのです。ただでさえストレスが多いこの時期にとどめを刺すようなことになってはいけません。
ハウス内環境を急変させない換気方法
そこで、昔から篤農家さんが実践されていた“スカシ換気”という効果的な換気方法をご紹介します。この操作は手間がかかるため自動化が推奨ですが、手動でも十分に可能です。
▲[図2]スカシ換気(ハウスナビ・アドバンス例)
[図2]は、スカシ換気による環境変化を緩やかにする自動制御の例です。
日の出から3~5cm幅の狭い換気を開始し(①)、徐々にハウス内外の空気を馴染ませながら日射量の急増に備えます。換気部分の防虫ネットの目合いや外気温でも開け幅を調節します。このことでハウス内空気の水分(絶対湿度)も徐々に屋外に逃げていき、結露の原因が減少します。
日射がとくに強くなることを踏まえて(②)大きな換気動作をしましたが(③)、前もって温度・湿度を緩やかに馴染ませていたので(④⑤)環境の急変を回避することができます。手動の場合も同様の操作を行いますが、スカシ換気を行った後の気温の急落、急上昇の結果を見ながら開け幅、タイミングなどを調節してください。
▲[図3]既存の制御盤設定の工夫例
[図3]はスカシ換気と併せて、暖房機の設定を工夫することで環境の急変を抑える考え方です。2月は早朝の暖房による昇温設定からその後の換気の昇温設定への緩やかな連携(引き継ぐような設定)で環境の急変を抑えることも有効な管理です。スカシ換気を行う場合はある程度の大きな換気でも環境の急変は発生しないため、狙った温度に合わせることが容易になります。
気孔を閉じさせないための潅水管理
次は地下部の話です。環境の急変による気孔閉鎖やストレス回避ができたら、次は土壌の水分不足によって気孔が閉じることへの対策を考えます。
▲[図4]
気孔を開いて蒸散を維持するためには、必要な水分を作物が吸水し続けることが大前提です。[図4]
蒸散量に合わせて過不足なく潅水を行うことは作物栽培における基本です。近年この過不足のない潅水を実現する“日射比例潅水”という考え方が普及し、現場でも上手く稼働しています。
日射比例潅水のしくみ
▲[図5]トマトのハウス内積算日射量、蒸散量の推移
(<新田益男,玖波井邦昭,小松秀雄,福井淑子,澁谷和子.“根域制限栽培での日射比例かん水制御による高糖度トマトの多収技術”,2009>])
各時期の積算日射量の増減と、葉から蒸散する水蒸気量の増減は同じ動きをすることが確認されています。[図5]
葉からの蒸散量は根からの吸水量の9割以上に上ることも分かっています。ということは蒸散量が必要な吸水量にも近いということになり、潅水量を蒸散量(≒吸水量)に合わせて調節すれば過不足ない潅水に近づくことが可能になります。しかし現場のハウスで葉からの蒸散量を計測することはコスト的に困難です。よって蒸散量と同じ動きをする日射積算量の変化を目安に潅水の増減調節をすることで蒸散量に沿った過不足がない潅水が可能となりました。
日射量に比例して潅水を行うことから「日射比例潅水」という名がついています。実際は根に吸収されないロス分や広範な根域に行き渡る分を割り増しして潅水することになりますが、潅水の増減調節の有力な目安になっています。
▲[図6]日射比例潅水のしくみ
日射比例潅水の動作
積算日射量(単位はジュール)は瞬間の光の強さ(ワット)を1秒ごとに計測して積算したものです。これが一定のレベル(設定値)に達するごとに細かい潅水を行います。日中は強光のため設定値に届くのが早く、そのため潅水の間隔は近くなります。一方で朝夕や曇雨天日は設定値に届くのに時間がかかるため潅水の間隔は遠くなります。この仕組みで日射量の強さに合わせた潅水頻度の調節を行っています。
【手動の場合】
手動の場合も考え方は同じです。 朝夕や曇雨天日は潅水間隔を少し遠く、晴天のとくに日中は可能な範囲でこまめに潅水してください。潅水の程度がわからない場合は、潅水前に圃場の乾燥しやすい場所(根が多く分布している部分)の土壌を数か所手づかみで確認しながら、潅水の間隔と量を調節してください。
朝いちばんの潅水は飽差の上昇時として、午後の最終潅水は前日の日暮れ時の土壌水分を参考に前後させます。
土壌水分の数値を直接測定して潅水を制御する考え方もあります。とくに土耕栽培の場合は場所によって水分量のバラつきが大きいため1、2か所程度で潅水量の判断を行うのは困難です。そのため日射比例潅水+空間の乾燥程度による補正潅水は、“圃場全体から蒸散で減った分を潅水で補う”という考え方をします。
設定値を決めるにあたっての注意点
例えば高温期の潅水設定値のまま秋になると、潅水過剰になることが多々あります。冒頭の[図1]に屋外の飽差値を示していますが、ハウスを大きく換気している期間はこの影響を受けています。
2月以降は外気飽差も高いため(乾燥している)、ハウスの換気を行うことでさらに乾燥します。逆に秋口は日射量の割に飽差が低いため、その分の補正が必要です。つまり、前述の日射量の影響だけでなく、空間の乾燥程度によって潅水の程度を変える必要があります。
ニッポーの潅水ナビ、ハウスナビなどの制御機器は日射量だけでなく、飽差(空間の乾き具合、蒸散のしやすさ)によっても潅水の判断を補正しています。手動の場合もそのイメージをもって設定を調節してください。その時期の環境データと変更した設定値を記録して、後に照合すると次の年以降の参考になります。
厳寒期は葉数を減らして日射量とのバランスを取ってきたと思いますが、葉かきは2月以降でも構いません。
葉数、枝数を多めに残して葉からの蒸散量を確保することでハウス内の湿度は安定します。これにはこまめな潅水が必須・前提です。
ニッポーのハウスナビ・アドバンス、換気ナビには「スカシ換気制御」を標準機能として採用しており、風速やハウス内外の気温を考慮しながら自動で温湿度を馴染ませることを可能にしています。また、潅水ナビは最初から積算日射量と空間乾燥程度の双方をみて潅水制御を行っており、単純な日射比例潅水制御と比較すると適切な潅水が可能です。ハウス栽培の環境制御機器をご検討の際にはお気軽にご相談ください。
【執筆】
アグリアドバイザー 深田正博
熊本県野菜専門技術員・普及指導員の経験があり、現在は株式会社ニッポーのアグリアドバイザーとして現場目線の栽培指導やセミナーの講演を行う。